量子コンピュータ 【quantum computer】
概要
量子コンピュータ(quantum computer)とは、量子力学の原理を計算に応用したコンピュータ。極微細な素粒子の世界で見られる状態の重ね合わせを利用して、従来の電子回路などでは不可能な超並列的な処理を行うことができる。原子の内部構造のような極めて微細なスケールの世界は、物体に働く古典力学とは原理の異なる量子力学が支配している。素粒子の状態を表す属性は、複数の状態が同時に実現している「重ね合わせ」という状態にある。これを「量子ビット」(qubit:quantum bit)と呼ばれる情報の表現として利用することにより、並列的な計算を実現するというのが量子コンピュータの基本的な原理である。
汎用的な方式として、従来の半導体チップの論理回路のように量子的な回路を用いる「量子ゲート」(quantum gate)方式が古くから研究され、当初は量子コンピュータといえばこの方式を指していた。2000年代になり「量子アニーリング」(quantum annealing:量子焼きなまし法)と呼ばれる原理を応用した方式が新たに考案され、最適化問題を解く専用コンピュータとして実証実験が行われている。
量子ゲート方式ではどのような素子や装置で計算を行うかについて様々な方式が提案されている。核磁気共鳴や電子スピン共鳴を用いる方法、光子を用いる方法(光量子コンピュータ)、真空中のイオントラップを用いる方法、超伝導素子の磁束や電荷、位相を用いる方法、半導体の微細構造中に電子を捕捉する量子ドットを用いる方法、結晶に不純物を注入してできる格子欠陥(ダイヤモンド中の窒素空孔中心など)に電子を閉じ込める方法などが研究されている。
量子コンピュータは従来型コンピュータのように振る舞うこともできるため、従来型で解ける問題ならば量子コンピュータでも解けることは分かっているが、古典的なアルゴリズム(計算手順)では量子的な効果を活かすことはできない。量子的な原理を利用したアルゴリズムの研究・開発はこれからの課題であり、従来型と根本的に異なる性能を発揮できる分野や問題がどれくらいあるのかはよく分かっていない。
歴史
量子的な系を用いて計算を行うアイデアは1980年に米物理学者のポール・ベニオフ(Paul Benioff)氏が提唱したが、当初は実現の困難さや有効な適用分野の欠如などからあまり活発には研究されてこなかった。
1994年、米AT&Tベル研究所(当時)のピーター・ショア(Peter Shor)氏が量子コンピュータを用いて整数の素因数分解を高速に行うアルゴリズム(Shorのアルゴリズム)を発表した。巨大な整数の素因数分解は従来のコンピュータでは計算が困難で、RSA暗号の安全性の根拠ともなってきたが、量子コンピュータが実現すればこうした問題を高速に解ける可能性が示され、注目が集まった。
2001年には米IBM社のアルマデン研究所が7キュービットの量子コンピュータを試作し、Shorのアルゴリズムにより実際に素因数分解を行うことに成功した。2011年、カナダのD-Wave Systems社が量子アニーリング方式の「D-Wave」を発表し、初の実用的な量子コンピュータとして注目された。